アクセスカウンタ

プロフィール

ブログ名
言いたいことがある
ブログ紹介
埼玉県久喜市議会議員  猪股和雄のもう一つのページ
〒346-0011 久喜市青毛1−4−10 電話 090-3547-1240
URL http://www7b.biglobe.ne.jp/~tomoni/  メール tomoni@kjd.biglobe.ne.jp
zoom RSS

合併10周年記念プレミアム付き商品券って?

2018/12/10 17:11
 11月議会に提案された一般会計補正予算に、「合併10周年記念事業」の費用が計上された。
 事業費は125万円で、ずいぶん少ないなと思ったら、「合併10周年のスタートとなるイベントを開催することに要する経費」とある。

 梅田市長は初当選後の6月議会の所信表明演説で、『本市は、平成31年3月に、合併から10年目を迎えることとなります。
 そうした中、平成31年度(2019年度)には、年間を通じて合併10周年を記念する各種イベントや大会等を実施するとともに、記念式典を開催してまいります。』
と述べていたから、来年3月から1年鑑をかけて、何らかの大々的な記念イベントを行っていくことを考えているらしい。

 しかし10周年記念事業に便乗して、おかしな話も出てきた。
 12月7日、市議会一般質問で、成田議員が『合併10周年記念プレミアム付き商品券の発売をすべきだ』と提案した。
 梅田市長がすぐさま、『市民すべてが対象となるプレミアム付き商品券の発行は有効である』と答弁して、大いに乗り気の姿勢を示したのである。

 これまでにも政府がたびたび“景気対策”の名目で、大々的にプレミアム付き商品券を発行してきた。
 前回は2015年だったか、1万円で1万3000円の買い物ができる「とくとく商品券」を発行したのだったが、これまでの経験では、前の方に並んだ人の多くが限度額いっぱいの20万円を買ってしまったので、一部の人しか買うことができなかった。
 しかも半分はスーパーなどの大規模店での購入に充てられたから、地元の小規模商店の活性化につながったのか、はなはだ疑問満載・悪評紛々たる商品券騒動だった。
 ちなみに、前回は、久喜市内で5億円分(6億5000万円の買い物ができる)の商品券を発行して、1人20万円の商品券が2500人くらいにしか行き渡らなかったことになる。
 ということは、税金からプレミアム分と発行事務経費などで2億円を負担し、市民の中のわずか2500人が6万円ずつ儲けたという計算である。

 今度は政府が、消費税増税の痛みを和らげるためという口実で、所得制限を設けるとしているから、まだ低所得者への増税の影響を緩和するという名目はたつ・・・効果のほどは疑わしいが・・・。
 これに対して、久喜市で発行する10周年記念のプレミアム付き商品券は所得制限は付けないで、「全市民を対象」だそうだから、一部の人に儲けさせるために、市民の税金を浪費することになる。
 合併10周年を口実に、そんなばかばかしい税金の無駄遣いをやろうというのは、もはやまともな政治とは思えない。

市民の全世帯に金を配った方がまだいい!?

 私は、このような目的も不明確で効果もわからない、単なる税金のバラマキにはとうてい賛成できないが、そんなばかばかしいことをやろうというのなら、こんな思いつきはいかがか?

 “合併10周年を市民みんなで祝う”ことを目的にするのなら、いっそのこと、6万5000世帯の全世帯に、一律○千円ずつの住民税を軽減、あるいは○千円を還付してはいかがか。
 生活保護世帯を含む非課税世帯にも○千円を、10周年のお祝い金として給付してはいかがか。
 ひとり暮らしも多人数世帯も、所得に関係なく、配るのである。
 それらを全部、地元の小規模店でしか使えない○千円の商品券で配布するのである。

 6万5000世帯全部に配るとして、仮に一律5000円なら3億2500万円、3000円なら約2億円、2000円なら1億3000万円ですむ計算になる。
 そうすれば、比較的少額だから、貯蓄にまわされることもなく、すべて短期間の内に地元商店で消費に廻るから、地域経済にも資するだろう。
 一部の人だけが得をするプレミアム付き商品券の発行などよりは、よほど市民の消費拡大に直結するのではないか。
 これは私の単純な思いつきにすぎないから、まじめに検討にも値しないとは思う、いや、どうせ検討はされないと思うけれど・・・。 
記事へ面白い ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


来年4月から『広報くき お知らせ版』を廃止へ

2018/12/09 17:54
 『広報くき』は現在は、毎月1日と15日(『お知らせ版』)の2回発行して全世帯に配布している。
 区ごとに区長さんのお宅にまとめて届けられて、それを区長さんが、各町内の班長さんに分けて配ってもらっている。

 『広報くき』ばかりではない。
 『市議会だより』が年4回、『衛生組合だより』と『社協だより』が年6回、その他にも文化団体やスポーツ団体、警察だよりなど年何回か定期的に配布される広報紙、地域の学校だよりやさまざまなお知らせのチラシもあって、各地区の区長さんの労力はたいへんなものではあるだろう。

 それに対して、区長会で月2回の配布を月1回に減らして欲しいという意見が出て、次第に大きくなってきたらしい。
 毎月15日に発行される『お知らせ版』を廃止してほしいという意見や要求が、市当局にも議員のところにもたくさん寄せられるようになてきて、何人かの議員が一般質問でも取り上げた。

 そこで、市では来年4月から『お知らせ版』を廃止して、毎月1日発行の『広報くき』だけに一本化する方針を決定したらしい。

広報配布が月1回だけになると、いくつかの懸念も

 すでに市議会で正式に答弁したから、「決定」ということのようだが、いくつかの懸念は残る。

(1)現在は『広報くき』が24〜26ページ、『お知らせ版』が6〜8ページだが、『広報くき』だけにした場合、当然、ページ数が大幅に増えて、だいたい32ページくらいにはなると想定されている。
 実際にはもっと増えることもあるのではないか。
 とすると、区長さんが各地区の班長さんにお宅に持っていくのに、『広報くき』だけでもたいへんに重くなるわけで、これだけで逆に労力が大幅に増えるのではないか。

(2)1回にまとめるために、記事内容を減らさなければならないから、市民に知らされるべきことが知らされなくなる怖れがないか。
 行政からの市民への情報量を減らすことになるとすれば、それはそれで問題だろう。

(3)現在は、イベントなどのお知らせを、1日発行の『広報くき』と、15日の『お知らせ版』と、2回に分けて掲載しているが、すべてを『広報くき』に載せなければならなくなると、記事の締め切りが早くなって、間に合わないものも出てくるのではないか。
 間に合わなかったものは、『広報くき』には載らないで、ホームページにアップするだけで済まされてしまうのではないか。
 『広報くき』には掲載されず、ホームページで見逃したら、市民は知らないままということではちょっと困る。

(4)現在は、年4回の『市議会だより』や年6回の『衛生組合だより』『社協だより』は、各月の15日発行になっていて、いちばん厚くて重い『広報くき』の配布日とずらしている。
 しかしこれらのすべてを1日発行の『広報くき』に合わせなければならないとすると、毎月1日の配布物の量はとんでもなく増えることになるのではないか。
 その他のチラシ類やお知らせもすべてが、毎月1日の『広報くき』に合わせて配布することになるのだろうか。
 そうすると、区長さんたちが、毎月1日の配布物の仕分けや班長さん宅に配布する重量も労力も、かえってとんでもなく増えるのではないか。

(5)そうしないためには、『広報くき』以外の配布物の一部は、15日に発行・配布する体制も残しておかなければならないが、そうすると、結局は月2回配布するということに変わらなくなってしまう。
 それでは、区長さんたちの要求の趣旨に反してしまう。

 市がこれらの問題をどのように検討して決定したのか、もう少し詳しく聞いてみなければならない。

20年以上前、『広報くき』を月1回から2回に増やしたのだったが

 実は、合併前の旧久喜市で、20年以上前には『広報くき』は月1回の発行だった。
 次第に市民に知らせなければならない記事内容が増えてきて、また市民の興味を引くように読み物的な記事も増えてきて、だんだん分厚く重くなってきた。
 当然、当時も、区長さんたちの労力がたいへんだから、何とかして欲しいという意見が出てきた。
 当時、私や何人かの議員は、『県民だより』のように新聞折り込みにしてはどうかと提案したが、折込代の費用がかかるので、採用されなかった。

 それに対して、市民にきめ細かく知らせるようにした方がいいという意見もあって、、月2回に分けて『お知らせ版』を発行するようになった。
 回数は増えるが、1回の重量は減るから、区長さんたちの労力も少しは楽になるだろうという狙いもあった。
 その代わりといっては何だけれど、区長報酬や区に対する補助金も増額してきた経緯もあったと記憶している。
 そういう過去の経緯をどう検討したのか、素朴な疑問である。
記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


『高齢化だからごみの分別はムリ』という暴論

2018/12/03 19:19
 久喜市はこれまで久喜市・宮代の2市町のごみを処理する新ごみ処理施設の建設を計画してきた。
 ここに幸手市・杉戸町かのごみもいっしょに処理してほしいという「広域化」の申し入れがあって、清久コミセンで市民説明会が開かれた。
 参加者から、もっと早く開くべきだった、排出ガスの影響はどうなのかなどのたくさんの心配の声が出されていた中で、こんな意見が出された。

 それは、『久喜市はごみの分別回収をしているが、これからは高齢化していくので、こんなきびしい分別はむりだ、せっかく新しく焼却炉を作るなら、最新型の焼却炉で何でも燃やせるようにすべきだ』というのである。
 実は、議員の中にも同じことを言う人がいるのだが、さて、この主張をどう考えるべきか。

高齢者には分別はできないってホント?

 第1に、「高齢化すると分別はできない」というのはウソだ。
 地域社会で、高齢者が増えていくのは事実だが、たとえば高齢者=65歳になったら、あるいは「後期高齢者」=75歳になったら、とたんに分別する能力がなくなるわけではない。
 むしろ最近の高齢者は年齢を重ねても元気で地域で暮らしているのだから、ほとんどの方は判断能力や生活意欲が衰えることはないだろう。
 しかもこれまで久喜市で、市民はごみ出しのルールに従って分別とごみ減量に協力してきているのだから、高齢化しても、すでに慣れてきた分別を続けることに何らの問題もないだろう。
 もちろん一部には、病気などで判断力が弱ったり、目が見えにくくなったり、分別の意欲自体がなくなったりする人も出てくるであろうが、それは家族や地域で、まわりの人が支援すればいいのである。

 むしろ問題なのは、高齢者になるまでずっとごみ出しなんかしたこともなかった男性の方々だ。
 60歳過ぎまで“仕事一筋”でごみのことなど興味も持ってこなかった人、あるいは奥さんが病気でごみ処理ができなくなったりして、いきなりごみ出ししなければならなくなった男性の皆さんが、『分別なんて面倒だ』『分別しないで出せるようにすべきだ』と言い出すのではないか。
 実際、私の憶測であるが、市民説明会でも、議会でも、『高齢化だから分別はムリだ』と声高に叫ぶのは、こういう人たちではないかと思う。

地球環境を子らに残すのは私たちの責任

 第2に、ごみの分別なんかしないで、何でも燃やせるようにした方がいいというのは、地球環境の保全、ごみ減量、限りある資源を大切にしようという流れに逆行する。
 ごみ減量を進めるスローガンに「分ければ資源、混ぜればごみ」というのがあった。
 ごみの分別は、現代の地球社会に生きる、人類=地球市民の責務であるといって過言ではない。
 『高齢化だから』というのを言い訳にして、『分別なんて面倒なことを言わないで何でも燃やせるようにした方がいい』というのは、この地球環境を子や孫や将来の人類に残すという、私たちの責任を放棄することに他ならない。

 実際、すでに一昨年に市議会で可決した「ごみ処理基本計画」では、2014年度比で15年後には13%ごみ減量の達成を目標とし、焼却処理量の目標を10%以上の減量、最終処分量を34%以上の削減、資源化率を2.3%引き上げて34.6%にまで高めようという目標を立てて、全議員で決定している。
 私はその当時の議会で、この目標数値は低すぎる、もっと高い目標にすべきだと主張したのであったが、この目標ですら、少なくとも現在の久喜市でのごみ分別をさらに徹底しなければ実行できないであろうと思われる。
 何でも燃やせるようにしていい、あるいは、何でも燃やせる焼却炉にしようなどというのでは、議会で定めたこのごみ減量目標は達成できない。

久喜市はごみ減量のいっそうの推進を決めている

 第3に、現在の久喜市の計画では、燃やせるごみの焼却炉を処理能力日量143tと想定していて、建設費140億円と見込んでいる。
 もしも分別をしないで何でも燃やせる焼却炉にしようとすれば、おそらくは300t近い処理能力を確保しなければならないから、建設費も300億円近くかかることになる。
 そんな膨大な財政負担をして、そのツケを後世に回すなどということは、久喜市の未来の市民に対しての犯罪的行為であると言わざるを得まい。
 しかも何でも燃やせる炉にするということは、焼却灰等の最終処分場も確保しなければならないから、それだけ財政負担も増し、またそれ自体がさらに地球環境を汚染することになる。

 私たちの責任は、ごみ分別をいっそ強化して、できるだけ燃やすごみの量を減らすこと、できるだけ小さな炉を作ることでなければなるまい。
記事へナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


久喜市の公共交通を考える(1) 市内循環バス

2018/11/30 14:39
久喜地区の市内循環バスは今のままでいいか

 久喜市内の公共交通は、鉄道(JR、東武鉄道)、路線バスの他、地区を限った形で、市の委託で市内循環バスとデマンド交通を運行しています。
 久喜地区は市内循環バスが7路線、4台のバスで時間や系統をやりくりしながら運用していて、1日に多くは5〜9便、東循環だけが12便を運行しています。
 1時間に1本、あるいは2時間に1本しかバスが来ないとなると、出かける時に利用しても、帰りの時間には都合よくバスが来ませんから、結局、自転車か自分の車、あるいは家族に車で送ってもらって行くことになってしまい、バスを利用する気にはなれないというのが実情です。

 約30分で一周できるようにコースを組んでありますが、六万部北中曽根線(5便)は約1時間半、、除堀所久喜線は約1時間で一周しています。
 さらに路線をもっと延ばして、久喜地区外でも乗降できるようにしてほしいという要求も根強いのですが、これ以上、一周の運行時間を長くすると、目的地まで行くのにさらに時間がかかって、使い勝手が悪くなり、かえって不便になる怖れがあります。
 市内循環バスを使う場合、目的地まで15〜20分くらいで行けないようなら、やはり自転車か車で行く方が便利だということになってしまいます。

 7路線で全部で66便を運行していますが、その約3分の2は平均乗車人数が10人以下です。
 下早見循環、野久喜吉羽循環は全便とも10人以下、東循環は12便中10便、東西循環と久喜本循環は半分が10人以下です。
 これらの利用実態にも、循環バスの使い勝手があまりよくないので、循環バスよりも車に頼らざるをえない市民の実感が表れています。

 車の利用を減らして公共交通に切り替えていくためには、循環バスをもっと利用しやすくしなければなりません。
 そのためには、
 (1)循環バスの運行は市街地を中心にして、30分くらいで一周できるように路線を組み直し、目的地まで15〜20分くらいで行けるようにする
 (2)また各路線には、せめて1時間に1本を運行し、買い物でも公民館などの会合でも、行き帰りに利用できるようにするべきだろうと考えています。
 そのためには、バスの台数を増やせればいいのですが、逆に平均乗車人数が5人に満たない路線は廃止して、(1)(2)の路線の充実に振り向けることも検討するべきではないでしょうか。

 (3)路線の見直しについては、特に朝日バスや大和バスのような民間の路線バスが運行し、競合している路線は、民間路線バスの乗客を確保して運行を継続してもらうためにも、循環バスの運行は見直してもいいのではないでしょうか。
 路線バスが東、西ともおもに東西に運行しているので、循環バスは路線バスのない地域、たとえば市役所を起点に、路線バスのルートを横切るように、南北に走らせるというのも一つの考え方です。
 たとえば障がい者デイケア・けやきの木の利用者の内の何人かは、久喜駅東口から野久喜吉羽循環で通っているのですが、この方たちについてはけやきの木の送迎バスを運行するか、朝日バスでふれあいセンターで下車して、ふれあいセンターから社協の車で送迎してもいい、あるいは朝日バスの障がい者割引の差額補助制度を作る方法も考えられます。

 私たちはともすると、市内循環バスで市内のどこにでも行けるようにすればいいと考えてしまうのですが、民間路線バスの乗客を奪って経営が成り立たなくなれば、路線バスが運行できなくなる怖れもあるのです。
 そうなっては公共交通政策としては後退ですから、民間との共存が前提でなければなりません。

 次に、デマンド交通およびデマンドバスの実証実験について、考えてみたいと思います。
記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0


県学校給食コンクールで、栗橋小学校が1位

2018/11/28 10:49
  28日、久喜市のホームページにようやく、「久喜市の学校給食が埼玉県教育委員会教育長賞を受賞」の記事が掲載されました。
 遅きに失したけれど、久喜市の学校給食のすばらしさを市民に知らせることができたのはよかったと思います。
【久喜市の学校給食が県教育長賞を受賞の記事⇒リンク】
          --------------------------


 7月に埼玉県学校給食調理コンクールが行われ、栗橋小学校の献立が1位の「埼玉県教育委員会教育長賞」を受賞しました。
 11月2日にさいたま市で開かれた彩の国学校給食研究大会で表彰状とトロフィーが授与されました。
画像

【栗橋小学校『食育だより11月号』⇒リンク】

 受賞した献立は《こどもパン 牛乳 くりくりコロッケ 県産野菜のしゃきしゃきサラダ 野菜たっぷりきのこのスープ》で、栗橋小学校の10月23日の給食に提供されました。

 久喜市内では栗橋小学校と栗橋西小学校の2校だけが自校調理方式で、学校に配置された栄養士が献立を考え、校内の調理場で作っています。
 3年後に単一の巨大学校給食センターが建設されると、残念ながらこの2校の自校調理方式は廃止される予定です。
          --------------------------

 今年の県学校給食調理コンクールでは、久喜の栗橋小学校の他に、宮代町、吉川市、春日部市などの給食もそれぞれ受賞しています。
 それぞれの市町では、ホームページや広報で市民に受賞をお知らせしています。
【吉川市のホームページ⇒リンク】
【広報よしかわ10月号⇒リンク】
【春日部市のホームページ⇒リンク】
【宮代町のホームページ⇒リンク】

 それは、『わが街の給食ががんばっています』『子どもたちの食育が成果を上げています』と知らせるとともに、子どもたちの給食について、市民の皆さんが関心を持って欲しいという意味もあると思います。
 ところが、です。
 久喜市のホームページにも、『広報くき』にも、栗橋小学校が県の給食コンクールで1位になったことが、今のところ、いっさい掲載されていないのは、どういうわけでしょうか。
 教育委員会が、市内小学校の給食に関心がないのか、あまりたいしたことではない、市民に知らせるほどのことではないとでも思っているのでしょうか。

 昨日、市議会の初日だったので、休憩時間中に、市長や教育長、教育部長に、久喜市が誇るべきことなんだから、ぜひホームページや『広報くき』に掲載すべきではないですかと、お話してきました。
 さて、市はどう判断するでしょうか。
記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


「久喜市議会だより」9月議会報告号への疑問(3)

2018/11/20 14:57
 昨日のブログで、市議会だよりの疑問の3回目、「結論」である。
【市議会だよりへの疑問(1)へのリンク】
【市議会だよりへの疑問(2)へのリンク】

(6)さて、『議会だより』9月議会報告号が、なぜこのような偏った編集になったのか。

 つまり、1つの議案にすぎない補正予算の、そのまた一部の事業であるごみ処理の広域化問題と学校給食センター問題の2つだけを特別に大きく取り上げて、他には環境基本計画改訂の議案が片隅に小さく書かれただけで、済まされてしまった。
 なぜ、その他の議案の内容や予算項目について、いっさい書かれないで済まされてしまったのかということである。

 実際、市長提出議案は28議案、議員提出議案が5議案もあったのに、議会としての唯一の広報である「議会だより」がその中の一般会計補正予算と環境基本計画の2議案しか説明しないというのはおかしくはないか。
 これでは市民に、9月議会の経過を正確に知らせたことにはならないと、前回の(3)にも書いた。

 どうも広報委員の皆さんは、たくさんある議案の中で、この2つないし3つの事業が9月定例市議会の中心的な課題であると、主観的に判断したらしいのだ。
 同じことは決算の報告の中で、10の事業だけを『注目事業』と書いたことにも見て取れるのであって、これも、広報委員の主観的な関心に基づいて『注目すべきはこれだ』と決めてしまった。
 だから、9月議会の他の議案についても、また決算の他のたくさんの事業についても、まったく捨象されてしまった。
 さらには、議員提出議案は、議案の賛否の一覧表に載っているだけで、議案の記事としてはまったく無視されてしまった。

 しかし、議員は、その立場はさまざまであって、与党的立場、野党的立場、福祉に重点を置いた視点、教育に重点を置いた視点、財政に重点を置いた視点、さまざまな議員で構成しているのが市議会である。
 もちろん、市民の関心も多岐にわたっている。

 とすれば、議会の議案や事業、審議内容の全体像を、「できるだけ多くの観点から」取り上げて報告するのが「議会だより」の使命ではないか。
(もちろん100%は不可能だから、あくまでも「できるだけ」である)。

 議員個人や会派の議会報告ならば、それぞれの特定の立場から、ある程度は主観的意図を持って編集するのは当然かもしれないるが、議会全体を代表する『議会だより』はそうではない。
 広報委員の主観的判断で、記事内容を恣意的に取捨選択するのは止めていただいた方がいい。
記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


「久喜市議会だより」9月議会報告号への疑問(2)

2018/11/19 13:31
 昨日のブログで、市議会だよりの疑問を書いておいたが、その続きである。
【市議会だよりへの疑問(1)へのリンク】

(3)6・7ページの見開きは議案の説明なのだが、一般会計補正予算と環境基本計画の変更の2つの議案しか載っていないのはどうしてか。
 そのほとんどは、補正予算の「ごみ処理広域化の調査費」と、「学校給食センター見直しの結果」の解説記事であるのだが、補正予算の事業はそれだけではない。
 他にも重要な事業の予算が計上されて議会でも論議されたのに、ほとんど2ページを使って2つの事業しか書かないというのは、明らかにミスリードである。

 もう一つの議案である『環境基本計画の変更』の記事では、地産地消の質疑の一つだけが書かれている。
 この質疑項目は本会議で私が行ったものだが、実は、委員会で各政策項目について、もっと掘り下げた質疑を行っているのであって、本会議の1項目の質疑を書いただけでは、環境基本計画の審議経過を掲載したことにはならない。
 他の議案でも重要な審議がなされているのだが、たとえば、重度障害者医療費支給に所得制限を設ける条例改正の内容や審議についてもまったく書かれていない。

 久喜市議会では、議案は基本的には委員会に付託されて、そこで本会議の質疑・答弁を受けて更に掘り下げた審議が行われている。
 にもかかわらず、この議会だよりでは本会議の質疑だけで、委員会審議についてはいっさい書かないというのでは、議会の姿を市民に知らせるための『議会だより』の役割の放棄と言えないか。

(4)次に、議員が書いて提出した記事の原稿を、勝手に作り替えてはいけない。
 久喜市議会だよりの、一般質問や討論の記事の原稿は、すべて議員本人が書いている。
 当然、一般会計補正予算の討論の概要についても、それぞれの議員が「100字以内」という制限のもとで書いて提出した。
 しかし、その一つの原稿を、広報委員会が勝手に課題ごとに分割してばらばらのページに掲載したのは「約束と違う」と言うしかない。
 私でいえば、一般会計補正予算に対する賛成討論の概要を四苦八苦してやっと、ちょうど100字でまとめたのだった。
 それが「議会だより」の紙面では、まず6ページにごみ処理広域化に対する評価と要望が60字、議案全部の討論を並べた8ページに、その他の事業についての評価40字と別々のページに分割して掲載されてしまった。
 岡崎議員の討論も、6ページと8ページに分割され、共産党の石田議員の反対討論は、6ページと7ページの給食センターの項目の2か所に分割された。
 8ページの討論一覧のページの一般会計補正予算の討論の欄には、石田議員の名前も載っていないから、共産党は補正予算に対する討論をしなかったと誤解されかねない紙面構成になってしまった。

 討論の概要をまとめた「100字以内」の原稿は、一つの議案について100字で一つのものとしてまとめたものである。
 論点ごとに分割して載せるなら別の書き方があるのだが、分割して掲載されるなどは想定もしていないし、そもそも事前にそんな断りも了解もなかった。

(5)一般質問はそれぞれの議員が質問・答弁要旨と見出しの原稿を書いて提出している。
 本文は1行22文字×33行以内、見出しは「Q&A]見出しの場合は20字×2行、それ以外は24字以内となっていて、それぞれ苦労(工夫)しながら制限以内でまとめている。
 以前、私も気付かずに1文字オーバーしていたのをチェックされて、1文字の削除に苦労したことがあった。
 ところが今回、21ページに掲載された1人の方だけが、24文字以内にすべき見出しが37文字で容認されているのはどういうわけか。

 広報委員会は、各会派から委員を選任しているのだが、編集方針を全員できちんと議論したのだろうかと疑問に思えてくるし、原稿のチェック体制はどうなっているのだろう。
 議会の全体像を客観的かつ公平に伝えるべき、議会だよりのあり方についても疑問を持たざるを得ないではないか。
記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0


「久喜市議会だより」9月議会報告号への疑問(1)

2018/11/18 11:25
 11月15日、「久喜市議会だより」の9月定例議会報告号が発行された。
【久喜市議会だより 11月15日号へのリンク⇒】
 各会派から選任している広報委員会が何回も会議を重ね、苦労して作成されたことには敬意を表するが、紙面には「変」なところが満載で、編集方針には大いに疑問を感じざるをえない。
 率直に書いてみよう。

(1)表紙にはデカデカと、『中学生が久喜市に望むこと!〜504人の中学生にアンケートを実施!〜』とあるので、少し期待して紙をめくった。
 しかし2・3ページの見開きの記事を読んでみると、まったくの期待はずれであった。

 市議会に関係する調査項目は『市議会だよりを読んだことがありますか』だけで、『YES』は14%と圧倒的少数であったのはおそらく広報委員たちも予想通りではあったろう。
 であれば、次に考えるべきは、なぜ読まれないのか、どうしておもしろくないのか、どうしたら興味を持ってもらえるかなどの掘り下げが必要ではなかったか。
 残念ながら、広報委員会でそれを議論した形跡はない。
 生徒会の皆さんとも直接に話したらしいのだが、そんな意見交換はしなかったのだろうか。
 『もっと読んで欲しいね』だけで片付けてしまっているのは、いかにももったいないし、掘り下げが浅すぎる。

 その他の設問で、『久喜市の好きなところを教えてください』 『(市政への)要望を教えてください』というのは、あまりにも通りいっぺん、安易すぎて、市議会のアンケートとしてやる意味があったのか。
 それぞれの回答を見ても、“だから何なの?”というしかない。
 特に『市政への要望』の答えは、断片的に8項目だけが掲載されているのだが、まともな(?)回答がこれしかなかったのか、たくさんあったのだとしたらなぜこれだけを抽出したのだろうか。
 これだけでは“中学生の声”として議会に活かしようもないのであって、広報委員会で編集した意図がわからない。

 そもそも設問が選択式だったのか、記述式だったのかも明記されていないのでは、まともなアンケートとはとても評価できない。
 もしも、たくさんあった回答から勝手に8項目だけを取り出して、「これが中学生の要望だ」とするのは、アンケートの恣意的な利用といわれても仕方あるまい。

 次の項目は『番外編』となっていて、その回答集計は完全に遊びの記述と言うしかないのだが、この設問の意図は何だったのだろう。
 もしかしたら、荒唐無稽な夢のお話でも冗談話めかして掲載すれば、おもしろく感じてもらえると安易に考えたのかも知れぬ。
 もしそうだとすると、読者=市民(アンケートをお願いした中学生たちを含めて)をばかにしているのではないか。
 この記事に、見開き2ページもの貴重なスペースを使った意図がまたわからない。

 “おもしろそうな記事”(前号は美しい女性の顔のアッとインタビューだった)を載せれば、市民に読んでもらえるというものではあるまいと思うのだが、いかがか。
 市議会の姿をわかりやすく、興味を持ってもらえるように伝えるのが市議会だよりの役割であって、どうしたらその役割を果たせるかこそが広報委員会で議論すべきことではないのか。

(2)次の見開き2ページは、2017年度決算の『注目事業をクローズアップ』として10の事業を写真で載せているのだが、はたしてこれが『注目事業』か?
 この10の事業の支出合計は4億円あまり、昨年度の市の一般会計533億円のほんの一部にすぎないのだが、これらを『注目事業』として選んだ判断基準がさっぱりわからなくって、思いつきで選んだとしか思えない。

 ちなみに、『広報くき』11月1日号にも『平成29年度決算の概要をお知らせします』の記事が見開き4ページにわたって特集されていて、『主な事業と決算額』の一覧も掲載されている。
 こちらの方は、市民の皆さんに市の財政の全体像を知らせよう、市民生活にどう関係するかを知ってほしいという記事の目的が明確である。
 これに対して、『久喜市議会だより』では決算のほんの一部分の事業だけを載せて、それで決算審査の報告を“こと足れり”とした編集意図と目的は奈辺にあるか。
 昨年度1年間の久喜市の事業総括である533億円の決算審査を、あまりにも軽くとらえていないか。
【参照⇒『広報くき』11月1日号へのリンク】


《続く》
記事へ驚いた ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


防犯灯の故障を市に通報したらすぐに

2018/10/31 21:06
 自宅の近所の防犯灯が点滅しているのは明らかに故障だろうと思って、28日の夜に、市役所の成果津安全課に画像を添付してメールを送った。

 「生活安全課様
 久喜市青毛○-○-○ ●●さん宅前の防犯灯が、故障のようです。しばらく前から点滅が続いています。点検・調査、修繕をお願いします。」
画像

 さっそく、29日の朝に返信メールが来て、
「生活安全課の■■と申します。防犯灯の故障について情報提供ありがとうございました。早速、点検等を実施いたしまして、対応させていただきます。」と書かれていた。
 その日の夕方に、電気業者が来ていたようだった。
 30日の午後に再度のメールで、
「過日、情報提供いただきました防犯灯(青毛○-○-○付近)の点検を行ったところ、灯具に不調がございました。既に、新たな灯具への交換(作業日29日)を行いましたのでご報告させていただきます。情報提供ありがとうございました。」
 担当課が直ちに対応して、経過と結果をきちんと報告してくれたことに感謝したい。

 いくつか、考えるべき点がある。
(1)私が議員だから、防犯灯の担当が生活安全課で、画像を送ってやった方が対応が早いことは知っているから、最も効率的と思われる方法で通報したのだが、普通の市民の方だったらどうしただろうか。
 翌日の朝になってから、市役所へ電話して交換の方に事情を説明して、それから担当課に電話をまわしてもらって、また説明して・・・。
 あるいは、町内会の班長さんを通じて区長さんに言ってもらって、区長さんから役所に電話してもらって・・・。
 あるいは、メールを送ることを考えついたとしても、どこに送ったらいいかすぐにはわからないので、市のホームページで調べて・・・。
 あるいは、面倒だから、市長へのメールに送っただろうか。

(2)私の実名を明記して送信したので、報告もしてくれたのだが、市民だったらどうしただろうか。
 基本的には、匿名の通報以外は、一市民からの通報でも、誠実に対応するのが当然だろう。
 さらに場合によっては、場所が特定できて、確認の結果、通報が事実であることがわかれば、名前等が書いていなくても、現場を確認して対応するよう求めたい。

(3)道路の破損でも、防犯灯の故障でも、何でも市にメールで通報して、それを受け取った市の方が、担当課に振り分ける方法が取れれば、市民にとってはいちばん便利ではないか。
 これまでも、市議会で、市民のメール通報制度を作るよう提案してきているのだが、市はなかなか積極的に動こうとしないのはなぜだろうか。
【参照⇒一般質問 道路の破損等の市民通報システムを提言へのリンク】
 市長も替わったし、新市長がどう判断するか、近い内に、市議会の一般質問で提案してみようかと思う。 
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


久喜市役所の耐震ダンパーは「KYB」でないことを確認

2018/10/18 21:22
 免震・制震装置のデータ偽装が明らかになって、10月18日の報道で、県内の公共施設7施設、民間31施設に不正と疑われる装置が使用されていた8あるいは使用される予定であったと報じられました。

 久喜市役所本庁舎は2015年度までに耐震改修を終えています。
 地震対策としては地下への免震装置の設置ではなくて、既存建物の外部に「制震」のために、写真のような油圧ダンパーを設置しています。
画像

 18日に市の管財課に問い合わせたところ、市役所の耐震工事で使用された製品は、問題になっている「KYB」あるいは旧社名の「カヤバ」ではないことを確認したという回答がありました。
 本庁舎以外の公共施設では、各総合支所や第2庁舎、学校校舎などでは油圧ダンパーを使った耐震工事は行っていませんでした。
 したがって久喜市の公共施設の耐震工事では、問題のデータ偽装問題とは無関係であることを確認しているそうです。

画像
記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


台風24号の市内の被害状況の把握

2018/10/03 08:51
 台風24号は、9月30日の夜半に関東地方を通過した。
 夜中中、ものすごい風の音がしていたから、かなりの被害が出たかも知れないと案じられた。
 10月1日の午後に、議会事務局電話して、市内の被害状況をまとめて知らせてくれるよう、依頼しておいた。
 夕方になって、全体の被害がまとまっていないので、まとまり次第連絡するという返事が来た。
 2日の午後になってもいまだに報告が来ないので、消防防災課長に電話して、いまだにまとまっていないのかを聞いたのだったが、課長は、2日の正午現在での被害状況をまとめてから、市長に報告し、その後に全議員に連絡することになっているという。
 台風に限らず、災害の被害状況の把握は、刻々と変化・拡大していくものだから、たとえば1日の正午現在とか、夕方5時現在とか、その時点までに調査できた状況をまとめて、発表・報告するのがあたりまえだと思っている。
 課長は、ある程度まとまってからでないと、議員には報告できないと考えたらしいが、当局と市議会との情報の共有という観点からは、ちょっと違うのではないか。
 刻刻と変わる状況把握を、その都度にまとまった時点で、なるべく早くに報告するべきだろう。

 2日の17時過ぎになって、ようやく報告された内容は、以下の通りである。
 人的被害 なし
 住家被害 一部破損 2件
 通行止め 1か所(電柱の倒壊による)
 倒木 46か所 75本(公共の場所のみ。民有地は含まない)
 カーブミラー損壊 8件
 停電 約3100軒(鷲宮地区 10月1日1:09〜5:39)

 自主避難者 1名(栗橋総合支所)
             9月30日夜〜10月1日朝

 消防防災課の対応に、少々の疑問がある。
 私が議会事務局と消防防災課長とに、都合3階の問い合わせをして、やっと報告が来たのだったが、依頼しなければ議員への連絡はもっと後にされたのだろうか。
 以前にも、台風の被害状況報告で、もっと早くに連絡するように、議会から要請したことがあったように記憶しているが、あまり対応が変わらないのはどうしてか。

画像

市内の青葉5丁目公園の遊歩道で、高さ5mほどのびわの木が根元から折れて、倒れていた。
 道を完全にふさいでいたから、目の前の青葉小学校の児童たちは、公園の中を迂回して通学していったものだろうか。
 市内で倒木が多かったので、いつ片付けられるかわからないという。
記事へ驚いた ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


久喜市で公文書の隠蔽、改竄はなぜ起こったか

2018/09/26 08:09
 久喜市教育委員会による「公文書の隠蔽・改竄・廃棄」は、まさに安倍内閣のもとで行われた防衛省、経産省、文科省等々のそれのうり二つ、いやその地方小型版と言えるものであった。

【先にこちらをご覧ください⇒久喜市でも公文書の隠蔽・改竄が!の記事へのリンク】

 お役所とお役人が、市民に知られたくない不都合な真実をどうやって隠すか、意図的に隠そうとすれば、もともと文書も情報も彼らの手元にあるのだから、簡単にできてしまうものだ。
 これまでも私は、多くの情報公開請求をしてきて、しばしば「非公開」という隠蔽に出会ってきたのだったが、それはあくまでも「文書はあるが、何らかの理由によって見せられない」という名目によるものだった。

 今回のやり方はそうではない。
 あるはずの文書を「ない」ことにして、「不存在」という理由で「非公開」にし、それを取り繕い、正当化するために、「存在した文書」を「改竄」し、元の原文書データを抹消、削除、廃棄してしまったのであるから、きわめて悪質であった。
 公文書および市の行政情報は、お役所やお役人のものではなく、本来的には市民の財産であり、公文書の管理規定および情報公開制度によって厳正に守られているはずだ。
 だから、意図的・恣意的に隠蔽、改竄、廃棄などできるはずはないという、最低限のお役所とお役人への信頼にもとづいているはずなのだが、見せたくない文書を存在しないことにしてしまう、そこまでやるというというのは、私には想像もできなかった。

  【もともとの相談記録には、出席者それぞれの発言が記録されていた】 
画像

  【個々の発言記録は「概要」に差し替えられた】
画像


 もっとも、教育委員会の担当職員が、個人の判断で隠蔽、改竄、廃棄したとは、私は考えていない。
 担当職員は、正直にテープ起こしをして、弁護士と、市長以下の幹部職員の発言をそのまま記録として作成したのだったが、私が弁護士と市長ら幹部職員の発言記録の情報公開請求を行った時に、あわてたのは、担当職員よりも、おそらくはもっと上の、生々しい発言をした当事者だったのではないか。
 彼らが弁護士との相談の場で、議会や議員、特に議会で追及の先頭に立った猪股についての露骨な発言をした、その露骨な発言を、猪股や他の議員たちにも知られたくないと考えるのは至極当然であったろう。
 もしそれらの露骨な生々しい発言が表に出れば、またどんな追求をされるかも知れないし、それ以前に彼らの露骨なホンネを、市民の面前にさらすのは恥ずかしいと思ったに違いない。
 だから、そこで彼らが、隠蔽、改竄、廃棄を指示したか、あるいは指示しないまでも匂わせれば、担当職員はせっかく作った記録を表に出さないための行動を取らざるを得ない。
 それが「忖度」というものだろう。

 だが、行政が行った作為を、隠そうとして隠し通せるものではない。
 私は昨年、弁護士との相談記録が存在するという情報を得て、情報公開請求をしたわけだし、今年になって、その発言記録自体をある議員を通じて入手することができた。
 そのコピーを教育長に見せて、同じものが事務局のどこかにあるはずだから徹底的に探すよう要求したのに対して、コトの重大性を認識した教育長が職員に命じて探させた結果、データはすでに抹消・廃棄されていたが、紙ベースでの文書が、職員の個人のファイルの中に一部だけ残っていたのが発見されたのである。

 もしも出てこなかったら、私は経過を社会的に暴露して久喜市の行政スキャンダルとして扱うための、次の手立てを考えてはいたのだが、そこまではやらないで済んだ。
 私は責任追及をして誰かに責任を取らせることに意味があるのではなくて、市民の財産としての行政情報の扱いを、この久喜市で実現しなければならない。

          ----------------------
【久喜市議会だより 9月議会報告号に書いた猪股の記事】
問 2017年の小中学校エアコン設置工事で補正予算措置をしないまま追加工事を行い、予算制度に違反する行為が行われ、議会で問題になった。昨年、前市長以下の職員と弁護士との相談記録を、私が情報公開請求したのに対し、教育委員会事務局では詳細な相談記録を作成していたのに、「文書不存在・非公開」とし、発言趣旨だけをまとめた概要記録に差し替え、原文書データを抹消してしまった。
これは国で問題になったのと同じ、公文書の隠(いん)蔽(ぺい)、改(かい)竄(ざん)、さらに保存すべき情報を廃棄したものであり、許されない。見解を求める。

答 【教育部長】担当職員が文書作成後、公文書の適切な事務処理を誤ったことにより起こったものである。公文書管理と事務処理について職員の意識を高めるよう指導していく。
【教育長】職員の認識不足により、情報公開制度に対する不信を招いたことをお詫びする。公務で作成した文書はすべて公文書であり、文書管理を徹底するよう周知徹底していく。
【市長】公文書は市の諸活動を現在および将来の市民に対して説明責任を果たすためにある。事務処理に対する考えの甘さから生じたものであると認識している。

要望 担当職員の認識の甘さのせいにされ、文書データを抹消した時期は不明との説明があった。
しかし私は、この間の経緯は意図的な隠蔽、改竄、廃棄と言う他ないと認識している。
今後、公文書の適正な扱いを徹底するよう求める。
          ----------------------


 ↓ 【もとの文書のページ番号】
画像

 ↓ 【改竄文書のページフォントが、1ページ目と2ページ目以降で異なっている】
画像
記事へ驚いた ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


「啓和寮」開設30周年

2018/09/09 12:06
 9月8日、久喜けいわ創立30周年記念式典が開かれて、出席してきました。
 30年前の1988年7月に「精神薄弱者更生施設 久喜啓和寮」として開所し、最初は定員50人でしたが、今は清久地区を中心として、グループホームや生活支援センター、ワークハウスなど12の施設、相談支援センター(ふれあいセンター)、市の障害者施設4か所の指定管理を受けるなど、久喜市の知的障害者福祉の中心として牽引しています。
 開設当初から、元国立コロニーのぞみの園をおやめになられて、故・池波雪枝先生が常務理事・施設長として先頭に立って運営されてこられました。
 当時、私の大学の後輩がのぞみの園に務めていた関係もあり、池波先生にはいろいろと教えていただきました。
 ある意味では、池波先生が、久喜市の障害者福祉行政をリードしてこられたと言ってもいいと思っています。
 30周年式典では最後に、理事長から、池波先生のご家族に「感謝状」を贈呈されていた(写真)のが、印象的でまた感動的でもありました。
画像


 一つ思いだしたことがあります。
 それは、1986年、啓和寮がこの地域に開設を決めて準備を進めていた時に、周辺から反対運動が起こり、市議会に「精神薄弱者更生施設久喜啓和寮建設反対」の周辺住民318名の署名で陳情が提出されたことです。
 そこには反対理由として、「新興住宅地のため(民家が隣接している)」などと書かれていました。
 さすがに文章上にはっきりとは書かれてはいないものの、議員のところに説明に来た住民からは、「精神薄弱の人たちが道路を歩き回ったら怖い」「子どもが危険な目にあったらだれが責任を取ってくれるのか」などの露骨な偏見の声が上がっていたのを覚えています。
 当時はまだ、「知的障害者」と言わずに「精神薄弱者」と言われていて、“何を考えているか、また何をするかわからない人たち"と思われていたのでした。
 市議会で、私や、久喜市手をつなぐ親の会会長をしていた内田議員たちとも相談をして、この陳情を受け取ってそのままというわけにはいかない、議会としての態度を明確にしなければならないと意見がまとまりました。
 そこで、86年12月議会で、逆に「精神薄弱者更生施設久喜啓和寮建設促進に関する決議」を提案して全会一致で可決して、建設を推進していた啓和会や障害者の保護者の皆さんに対する市当局の支援を強めるよう求めました。
 その半年後には周辺住民も建設に合意し、2年後の1988年7月に啓和寮がスタートしたのでした。

 実際に開設した後には、池波先生が先頭に立って、啓和寮の人々が積極的に地域に出て行き、啓和祭りなどで地域の住民といっしょに地域で暮らしていく努力をしていって、あっという間に地域に溶け込んでいきました。
 障害者が別に怖い人でもないことはすぐにわかってもらえましたから、入所者が地域の方の家に黙って入り込んだこともあったのですが、それでも怒って怒鳴り込んだりされることもなく、自然に受け入れてくれるようになったそうです。

 それまで、久喜市議会で知的障害者と地域との関わりなど議論になることもありませんでした。
 ですから、この 「決議」は、久喜市の障害者福祉行政において、「ノーマライゼーション」の画期をなす歴史的文書になっていると言っていいでしょう。

  精神薄弱者更生施設久喜啓和寮建設促進に関する決議
 精神薄弱者の福祉については、国や自治体の責務として国民に理解を深めることや、精神薄弱者に対する更生の援助と必要な保護の実施に努めなけれぱならないとなっております。さらに、1971年12月20日、第26回国連総会においても精神薄弱者の権利宣言が決議されているところであります。
 折しも、久喜市上清久地内に建股が計画されている精神薄弱者更生施設久喜啓和寮(仮称)(社会福祉法人啓和会)の実現については、市内はもとより近隣在住の精神薄弱者やその家族からも大きな期待が寄せられています。精神薄弱児(者)にとっては、養護学校など卒業後も就職は困難であるとともに、精神薄弱者の親の高齢化を含めて、将来の生活不安などから安心して生活できる場の確保が重嬰であり、そうした要望に応えることは行政や地城社会の重要な責任であります。
 しかしながら、久喜市及び県東部にはこれまでこうした施設がなかったこともあり、福祉関係者や養護学校関係者、なによりも精薄者を持つ家族からも施設実現に対する熱い要望がありヽ久喜啓和寮(仮称)の建設はぜひとも、早期実現に向けて推進しなければなりません。
 市当局は設置主体の社会福祉法人啓和会と協力し、地域住民の理解を求めながら積極的に建設実現に向けて援助、努力されるよう要望します。
 右、決議します。
 昭和61年12月18日
                    久喜市議会
記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


巨大学校給食センター計画がそのまま復活した

2018/08/31 12:36
 市長選挙で、梅田市長が「理科大跡地への巨大学校給食センター建設計画の見直し」を公約していた。
 私たちは田中市長への多選・長期政権による久喜市政のよどみへの批判を込めて、梅田市長を応援した。

 当選後には、市議会で梅田市長が「1度、立ち止まって考える」と表明していたから、私たちは、田中市政が強引に推し進めた1万2000食の巨大センター建設方針に対して、“何らかの見直し”を行う可能性に期待してはいた。
 いったん動き出した公共事業をストップさせて方針を転換するには、残念ながら市長のトップダウンの決断しかないというのも現実であった。
 そこで、私たちは5月に
「学校給食センター建設の見直しにかかる緊急提言」⇒リンク
を提出して、梅田市長の決断を求めてきた。

 もっとも梅田市長自身は、学校給食の理想の形である自校調理方式について、特に見識やこだわりがあるわけでもない。
 また、教育委員会事務局のお役人たちからの“まきかえし”や、議会で学校給食センターを推進した最大会派や公明党の議員たちからの圧力も激しかったから、実際に何らかの見直しに踏み切れるかどうか、困難かもしれないと感じてもいた。

 この間、梅田市長は、市内の久喜、菖蒲、鷲宮、栗橋地区のそれぞれのセンターや調理場を視察し、試食も行い、さらには長野県松本市や静岡県袋井市の学校給食センターも視察して、いちおうは真摯に検討する姿勢を見せてはいた。
 松本市や袋井市の給食センターは、全国のセンター方式の学校給食の中では比較的高く評価されているのは確かである。

 私たちは、全国で初めて政令指定都市で全小中学校の自校調理方式転換を実現したさいたま市の話も伝えたが、市長はそれを調査対象に加えようとはしなかったから、最初からホンネはセンター方式しかないと考えているのかもしれなかった。

 そして8月27日、市議会全員協議会で、梅田市長から学校給食センター建設“見直し”結果についての報告があって、それは結局は「1万2000食の巨大学校給食センターを、理科大跡地の予定地に建設する」という、田中前市長の計画をそのまま復活させるというものであった。

 なぜ、前市長の計画を丸呑みするという結論に至ったか。
 市長は5つの視点から再検討したとしているのだが、最大のポイントは、やっぱり“センター方式の方が安上がりで財政効率がいい”というに尽きる。
 学校給食のあり方としては自校調理方式が理想であり、調理方式として比較すればセンター方式よりも優れていることは自明のことなのだが、そうした自校調理方式のメリットについて、真摯に検討した形跡はない。

 梅田市長がセンター方式に戻った理由として述べたのは、
 『自校調理方式は、センター方式に比べて相当な期間と費用を要し、安定的な学校給食の提供や財政運営にも不安を残す』『(他の)老朽化した学校家計施設全般の改修のための財源確保が大きな課題となっている』ということだけである。

 その一方で、私たちが指摘してきたセンター方式のデメリットの数々については、大量調理による食中毒などの危険の拡大は衛生管理基準を遵守すれば対応は可能で、保温食缶などで温かいものは温かい内に配送できる、調理後2時間以内の喫食(文科省の基準)も配送方式の工夫で可能と説明する。
 しかしこれらの説明は“センター方式のデメリット”について、“センター方式でも、何とかカバーできないことはない”という、いわば言い訳と言うしかない。
 そうしたやり方で、センター方式のデメリットがいくらか軽減されるとしても、完全に払拭できるという保障はない。

 市長は、『学校給食の質の統一』と述べて、これまで5方式で行われてきた給食の方式を統一するというのだが、子どもたち第一の給食という立場に立つなら、学校給食の理想型である自校調理方式での『質の統一』をこそめざすべきである。

 市長はまた、『アレルギー対応』は自校調理方式ではむずかしいと思い込んでいるらしいが、これは市長自身と教育委員会の勉強不足と言うしかない。
 新センターでは、アレルギー対応は、専任の栄養士や調理員を配置して、各学校のアレルギーを持つ子どものためのそれぞれの代替食を、センターのアレルギー専用調理室で一括調理することになっている。

 たとえば、さいたま市や蓮田市の自校調理方式でのアレルギー対応はどうなっているか。
 私たちが実際に視察して、栄養士さんや校長先生のお話も聞いてきたのだが、そこでは学校に配置された栄養士が、その学校の1人1人のアレルギーの子どもの状態に対応して、除去食や一部は代替食を調理していた。
 それらの市では、他の子どもたちのための献立と基本的には同じにして、アレルギーを持つ子どもの給食からその子のアレルギー食材だけを除いたり、他の食材と入れ替えたり、最初からアレルギー物質の入った食材を使わないメニューにするなどで、アレルギー対応をしている。
 つまり、他の子とメニューが違う代替食を提供するのではなくて、できるだけ他の子と同じものを食べられるような工夫をしていたのである。
 市長と教育委員会では、アレルギー代替食を出せばいいと簡単に考えているようだが、そんな単純な話ではない。

 市長はまた、センター方式でこそ地産地消を推進していくことができると言う。
 それは保冷機能付きの保管倉庫なども整備した上で、JAなどからの一括納品を進めるということであるらしいが、本来ならセンター方式でも自校調理方式でも、地産地消を進める上では違いがあるはずはない。
 むしろ、蓮田市などではまちの小規模な業者から計画的に納品してもらいながら地産地消を進めていたのだけれど、久喜のセンター方式で食材はJAなどからの一括納品を考えていくのだとしたら、市内の中小業者からの食材調達はすべてなくしていくことになるのだが、それでいいのか。

 当初は、今年度から2か年でセンター建設にかかる予定で、今年度当初予算に9億3556万円の工事請負費を計上していたが、9月議会に提案された補正予算で全額を削除し、あらためて来年度に着工して、2021年8月からセンターを稼働させる方針が示された。

 何のことはない。
 「大山鳴動してネズミ一匹」も出なくって、計画が1年遅れただけというのでは、梅田市長の“見直し”方針に期待した市民も、また逆にセンター建設継続を主張した新政や公明党の議員さんたちにとっても、「梅田さん、何を考えてるの?」ということになりかねない。
記事へ驚いた ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0


ケネディが国民と世界市民に呼びかけたもの

2018/08/26 18:53
 1961年1月30日、ケネディ大統領が就任演説で、「あなたの国があなたのために何ができるかでなく、あなたがあなたの国のために何ができるのかを問うてほしい」と述べた。
 最近また、この日本でそのフレーズを聞かされる機会が時々あるのだが、それはおもに、日本の保守系政治家たちによって多く使われている。
 彼らはケネディの言葉を、単純に、国民が政府や政治に何か求めるのをやめて、国民がみずからの“義務”を果たして、国に奉仕するべきだと国民に呼びかけたという文脈で使っているらしい。

 ある勉強会で講師から、そのフレーズを全体の文脈の中で読めば、そんな単純な意味ではないのだというお話を聞いて、私は初めて、ケネディの演説の全体を通して読んでみた。

 このフレーズは、演説の最後の方に出てくる。

 ケネディは、東西冷戦の中にあって、双方が核戦争の恐怖にとらわれている現実からの脱却を訴える。
 その上で、世界の平和と世界中の虐げられている人々を解放する闘いを開始しようと宣言する。

 その闘争は、人類の共通の敵である圧政、貧困、疾病、そして戦争そのものに対する闘いであり、「皆さん」はその歴史的な努力に参加してくれるだろうかと問いかけ、その闘いに参加しようと訴える。

 それが、「アメリカ国民の皆さん」と呼びかけて、「あなたの国があなた方に何をするかではなく、あなたがあなたの国に何ができるかを問うてほしい」というフレーズに続くのである。

 しかもそれはアメリカ国民だけに対して求めたのではない。
 続いて「世界市民の皆さん」と呼びかけて、「アメリカがあなたのために何をするかを問うのではなく、われわれが人類の自由のために、いっしょに何ができるかを問うてほしい」と述べ、最後に、「あなたがアメリカ国民であれ、世界市民であれ」、いっしょに闘おうと締めくくる。

 この演説はつまり、「人類共通の敵、すなわち圧政、貧困、疾病、そして戦争そのものとの闘い」を、アメリカ国民と世界市民に対して呼びかけて、アメリカ政府が国民に与えてくれる、あるいはアメリカが世界市民に与えてくれるのを待つのでなく、いっしょにそのために闘おうと呼びかけているのである。

 日本の政治家たちが国民に向かって、上から目線の単純なお説教で、国に何かを求めるよりも、まず国民が自分の責任を果たし、国に奉仕せよというのとは、まったく逆の文脈になってくるではないか。

 ただし付け加えておけば、私はケネディを偉大な大統領として英雄視するのには大いに違和感を覚える。
 ケネディは、キューバ危機で核戦争への突入危機の一方の当事者であったし、ベトナム戦争では米軍軍事顧問団を派遣して後の全面介入に道を開いた指導者でもあった。
 だから、先のアメリカ国民と世界市民に呼びかけた、世界中での正義の闘いへの参加の呼びかけは、その延長線上に、場合によっては核戦争の危機も辞さないで、ベトナムにおける“共産主義との闘い”を正義の闘いと位置づけて、アメリカによる世界支配を主導することにつながるものでもあった。
記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


『市議会だより』を見て、私の感想

2018/08/19 18:02
 『久喜市議会だより』の6月議会報告が配布されました。
【「くき市議会だより」 8月15日 34号へのリンク】


 表紙には、久喜市にお住まいのミスユニバース埼玉代表(くき親善大使に選任)のお顔が大写しになっていて、2・3面を全部使ってインタビュー記事が掲載されています。
 市議会広報委員会で、市民の皆さんに『市議会だより』がもっと読まれるようにするにはどうしたらいいか、話し合って作った企画だそうです。
 ご当人にはミスユニバースの活動でお忙しいのにわざわざ来てもらったわけで、ご協力にはお礼を言わなければならないでしょう。

 さて、それで、できあがった『議会だより』の評価はいろいろあるでしょうが、残念ながらどうも私にはぴんと来ませんでした。
 いつもの固い表紙と違って、週刊誌ばりに美しい女性の写真を表紙に据えれば、市民の皆さんに手にとってもらえて、ぱらっとくらいは目を通してもらえるのかも知れません。
 しかしこの記事を見た市民の皆さんが、中身にまで興味を持って読み進めてもらえるか、そのきっかけの記事になったかといったら、ちょっと疑問です。

 彼女は当日、この『議会だより』の写真撮影とインタビューのためにわざわざ市役所(市議会)に来てもらって、その前に少しの時間だけ、傍聴席に座ってもらってはいたのでしたが、市議会に対する知識や、いま何が問題になっているかなどは特に知らせないで、インタビューをしたようです。
 実際、記事になっているインタビューの質問もお答えもおざなりで、当たり障りのない質問とお答えに終始したという印象は否めません。

 たとえば、事前に過去の『議会だより』をお渡ししておいて、読みやすさや中身についての感想を聞くとか、実際にスマホから議会のインターネット中継を見てもらって、使いやすさを聞くとか、もう少し率直なやりとりができなかったものかどうか、もう少し編集する側の創意や企画が欲しかったと思います。

 編集の問題が一つあります。
 この記事では「質問」を太字にして目立たせておいて、「お答え」は細字の小さい文字になっていましたが、本来、これは逆です。
 インタビュー記事というものは「お答え」が中心なのですから、質問よりもお答えの方を目立つようにするのがあたりまえです。
 また、記事では質問が見出しになっていますが、これもお答えの趣旨をまとめて見出しにしなくてはならなかったところです。

 市議会だよりは、各会派から選出している「広報委員会」が編集しているので、私がこうしてブログに書くと、『意見があれば自分の会派の広報委員に言うべきだ』と批判されるかも知れません。
 しかし編集の過程で、広報委員から事前に編集方針を逐一説明されているわけでも、報告を受けているわけでもありませんし、途中で編集内容に意見を言えるものでもありません。(実はゲラ刷りの段階で、同じ会派の広報委員に感想を伝えてはいます)。

 したがって、広報委員会の皆さんの努力には敬意を表しつつ、個人として感想を言うことは許されるでしょう。
 このブログは、できあがった『議会だより』を見させてもらって、私個人としての率直な“感想”です。
記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 4 / トラックバック 0 / コメント 0


交際費の公表の仕方の違いに、市長の姿勢が現れる?

2018/08/16 15:52
 ホームページに、昨年度の久喜市の市長交際費が県内3位となったことを書いた。
【市長交際費 県内3位、なぜこんなに多い?へのリンク】 

 参考までに3年間の上位5市を記しておく。
     (金額は万円未満切り捨て)
 2017年度
1位 川口市 ?(未公表)
2位 熊谷市 177万円
3位 久喜市 159万円
4位 さいたま市 150万円
5位 上尾市 134万円

 2016年度
1位 川口市 438万円
2位 さいたま市 204万円
3位 久喜市 185万円
4位 熊谷市 177万円
5位 越谷市 140万円

 2015年度
1位 川口市 425万円
2位 熊谷市 194万円
3位 久喜市 189万円
4位 さいたま市 185万円
5位 春日部市 160万円
          ---------------------

 県内40市の市長交際費支出額の一覧表は、各市のホームページを開いて集計した。
 その作業をしていて気付いたのだが、市によって、公表の仕方もかなり違っている。

 久喜市、さいたま市などは、支出の明細と1か月間の合計件数と金額、年度の累計が、月別にわかりやすく掲載されている。
 市民が一目見て、市長交際費の内容も金額も、合計金額も知ることができる。

 上尾市は月別の支出一覧表がPDFで掲載されていて、月別の合計金額も記載されている。
ただし、年度の累計は出ていないので、自分で計算しなければならない。

 桶川市などは、月別の支出項目一覧表がPDFで掲載されていて、1か月の集計も年間の合計金額も載っていない。
合計金額を知りたかったら、1件ずつすべて自分で電卓で計算していかなければならない。
月ごとの集計くらい載せたらどうだろう。

 熊谷市、三郷市、深谷市なども同じで、支出一覧しか載っていないで、月ごとの集計も出されていない。
ただ、こちらは表形式で掲載されているので、エクセルにコピーすることができて、比較的容易に集計を出すことができた。

 所沢市は、月別の一覧表、集計、年度の累計に加えて、市長が自己負担した金額まで、くわしく掲載されており、市長の政治姿勢が評価できる。

 蓮田市は、月別の支出一覧表と集計は出ているのだが、年度の累積金額は出ていない。
しかもどういうわけか、1年過ぎるとホームページからはどんどん削除していってしまうらしい。
したがって、去年の4月以降の1年分の集計をすることができなかった。
当然、前年度以前の支出一覧も集計も掲載されていないから、以前の支出との比較はできないようになっている。

 草加市は「年度」ではなくて、4半期ごとの一覧表と集計が、1年分まとめて掲載されている。
現在までに見ることができるのは、「29年」分までで、29年4月以降の分が3か月ごとの表として12月まで載っている。
1か月ごとの集計も自分で計算しなくてはならないのは、ずいぶんわかりにくい、めんどうな載せ方をしたものだ。
しかも、29年度の支出合計を知りたくても、今年1月以降の支出は掲載されていない。

 戸田市は、4月以降の月ごとの支出一覧表を載せているが、集計もしていない。
しかも、載っているのは今年4月以降の分だけで、今年3月以前の支出、29年度以前の支出、一覧表も集計も、いっさい掲載していない。
これも、前年以前と比較されたくないということか。

 標題に書いた通り、市長交際費の公表の仕方に、それぞれの市長の政治姿勢の違いが現れているのではないか。
 それは、市民にわかりやすく掲載する、わかってもらおうと思って載せているのか、それとも、他市がみんな載せているから仕方なく載せているだけで、わかりにくくてもいい、わからなくてもいいと思って載せているかの違いではないか。

 川口市はたいへん失礼ながら「論外!?」で、市長交際費の支出が県内40市中でダントツに多い上に、支出一覧も集計もいっさい、掲載していない。
これは支出内容を知らせたくないからだろうと推測するしかないが、もちろん、ホームページに掲載していないのは県内では川口市だけである。
記事へ驚いた ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 0


「財政が厳しい」論の意味するもの

2018/08/09 17:01
 ともすると、議員は上から目線で「市民の皆さんに教えてあげる」という姿勢に陥りがちだ。
(1) 貴志議員の「活動報告(第16号)」もその一例である。
 「活動報告」と銘打ちながら、メインの記事は、市が発表している「財務諸表(貸借対照表)を解説!」である。
 その「解説」とやらによると、
 久喜市の負債(借金等)は542億円に達するが、金融資産(現金・預金・積立金・貸付金)は144億円にすぎない。
 不足分が398億円であり、『財政が厳しいのは明らか』だから、『「稼ぐ力の強化」「コスト削減」を進めないと次世代に大きなツケを残すことになります』というのが結論である。
 彼の主張はきわめて単純で、『市の財政は厳しい』というに尽きる。
 ただ、『財政が厳しい』ということを主張するためだけなら、わざわざもったいをつけて、財務諸表を持ち出して大仰に「解説!」するまでもあるまいと思うのだが、いかがか。

(2) 問題なのは、久喜市の財政がどの程度に厳しいのかということである。
 地方公共団体の財政の健全化に関する法律では、実質公債費比率や将来負担比率などの指標を定め、毎年の公表を義務付けている。
 久喜市の財務諸表も、この法律に基づいて公表しているのだが、久喜市の数値に特に問題があるわけでもなく、久喜市の財政は「健全」という判断である。
 県内40市の比較で見ると、久喜市は財政力指数は上から19位、義務的経費比率は低い方から16位で、いずれも県内の市ではおおよそ中位〜やや上位にある。
 一方、財政調整基金比率は上から5位で、久喜市は財政規模の割に市の貯金がたいへん多いのが特徴である。


 財政力指数が高いほど自主財源の割合が高く、財政力が強い団体ということになる。
 義務的経費比率は歳出に占める人件費や扶助費、公債費の割合で、低いほど財政の柔軟性・自由度があり、高いほど財政の硬直化が進んでいることを表す。


 私は、だから“久喜市の財政は余裕があってたいへん裕福だ”とまで言うつもりはないが、これ以上の市民サービスに応えられないほどに厳しいものではない、きわめて“健全財政”である。

(3) もしも、久喜市の財政が、市民の皆さんにあらためて警告を発しなければならないほどに厳しいものであれば、現在行っている以上にはもはや市民サービスの拡充はできないと、はっきり言わねばならぬ。
 さらには現在の“赤字事業”、たとえば子ども医療費の無料とか高齢者福祉サービス、循環バスやデマンド交通のような事業など、現在の市民サービスも次々と廃止・縮小、あるいは引き下げなければなるまい。
 しかし彼も、そうした市民サービスの引き下げを、議会で主張したことはないから、本当のホンネは、そうした市民サービスができないほどに厳しいとは、実は思っていないのではないか。

 それでも彼が、何かにつけてしばしば、『財政が厳しい』とことさらに言いつのるのは、市民が久喜市に新たな行政サービスの要求などしないように、市民に対して啓蒙してやらなければならないという使命感でも持っているようだ。
 一方で、『市の金融資産が大幅に不足している』と主張してみせるのは、行政に対して、財政を市民サービスに使うよりも、彼の言う『金融資産』を拡大するために、基金(市の貯金)にため込むように奨励しているつもりだろうか。

(4) 彼の大きな勘違いは、自治体財政を民間企業の経理と同じに考えているらしいことである。
 単純化して言えば、民間企業は、営利事業に投資するために、内部留保で資金を貯め込むのだが、自治体は基本的に営利事業に投資することはできないし、必要もない。
 市民の税金を財源として、その範囲内で市民サービスに“消費”するのが自治体の事業であるから、もともと利益をあげる必要のない事業が主であって、民間企業の会計とはまったく性格が異なる。
 自治体が財政を使う、その成果物は、市民福祉の向上による市民満足度の引き上げであって、その点でも、民間企業が本来的に利益の拡大や資産の蓄積を目的とするのとは異なる。

 彼は民間企業の経理部門にいたことがあるそうだが、その経営分析を、自治体の財政にそのまま当てはめることなどできるはずもないではないか。

(5) 彼の“久喜市の財政分析”によると、久喜市は負債が542億円あるのに対して、金融資産が144億円しかないから、不足分が398億円もあることが問題なのだと言う。
 ということは、その不足分を早急に埋めなければならないことになるのだが、この論理をさらに進めるとどうなるか。
 金融資産を540億円になるまで貯め込むためには、市民サービスの水準を大幅に引き下げて、それによって浮いた財源を財政調整基金にひたすら積まなければならない。
 彼がこういう結論を出したのなら、それを堂々と主張し、市民に対して、サービス低下を受け入れろと説教しなければならないのだが、実際には、そう主張するわけでもないらしい。
 いや、そんなことがいかに非現実的か、久喜市の市民サービスが低下して魅力のないまちになれば、市民が逃げ出していってしまうだろう、実際にはできないことをわかってはいるのだろう。

(6) 自治体の「負債」のほとんどは地方債であるが、それは将来の市民の借金であって、将来の市民の税収で返済できることが確実である(その範囲内で借金している)。
 つまり、将来の市民に対して課される税収が、潜在的な「資産」なのである。
 だから自治体は、現在の「負債」と同額の「金融資産」を確保しておく必要はなく、「資産」の不足分を埋めておく必要もないと考えられている。
 もしもそれを、今現在において確保しておかなければならないとしたら、自治体財政は成り立たないと言ってよい。

(7) 彼のもう一つの結論は、「稼ぐ力の強化」「コスト削減」を進めるべきだということである。
 しかし「稼ぐ力」といっても、彼がこれまで提言してきた対策はせいぜい、『広報くき』やホームページの広告、自動販売機の設置に料金を課す、遊休土地の売却くらいなのだが、これではせいぜい数十〜数百万円の収入にしかならない。
 負債と資産のバランスの不足分398億円を埋めるだけの金額にはとうていなり得ないのであって、だとすれば彼は、その不足分をどう埋めるのかを市民の前に明らかにしなければならない。
 「不足分が398億円もある、たいへんだ」と大風呂敷を広げておいて、それを埋める方策を提示しないのはあまりにも無責任ではないか。

 私自身は、市の公共施設への太陽光発電システムの設置や、市の電力購入契約を東電から新電力に切り替えるよう提言して実現させた結果、数億円の財政効果をあげてきたが、このような、実際に久喜市の財政に資する政策を提言した方がよかろうと思う。

(8) また、彼が「コスト削減」と言いながら、議員報酬や政務活動費の引き下げ、県内トップクラスの市長交際費の削減にもまったく言及しないのは、財政が厳しくても、議員や市長の既得権は守ろうという特権意識に他ならぬのではないか。

(9) 私は大学で地方財政を学んできたが、財政学は財政をいかに集め、いかに使うかだけではない、どのような使い方をするかの学問であると理解している。
 そして市民サービスのバランスを取りながら、主権者である市民=納税者の理解に基盤を置いて、つまりは財政民主主義の基盤の上に、限られた財源を有効に使いながら市民福祉をいかに向上させていくことが、財政の役割であり政治に問われているのである。
 もとより、使える財源が無限にあるわけではないから、いわゆるバラマキは徹底して排すべきであり、使い途の“選択と集中”、そして最も効果の上がるであろう使い方をするのが当然であって、“最少の経費で最大の効果”をめざすことは当然である。

 これと逆に、市民からのサービス充実の要求に対立、あるいは抑制し、いかに使わないかという論理の立て方をするのでは、そもそも財政学ではないし、政治ではない。
 それは政治の論理ではなくて、財政管理者たるお役人=官僚の論理に他なならない。
記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 6 / トラックバック 0 / コメント 0


済生会栗橋病院の「一部機能」存続を求めるべき

2018/08/04 12:25
 7月10日に開かれた市議会全員協議会で、済生会栗橋病院の加須市への移転問題の、市長選挙後の経過が報告されています。

 7月4日、市長選挙後初めて、梅田新市長、市の健康増進部長、副部長、健康医療課長の4人で、栗橋病院を訪問し、病院長らと「意見交換」をしていて、その場で病院長から、加須の新病院および栗橋病院再整備案の構想が明らかにされた、その内容が報告されました。

 その内容は、
(1)現在の栗橋病院の「再整備案」は、1999年に建設された東館の3・4階部分を利用して病院機能の一部を残す。
 3階部分に50床の「回復期の病床機能」を想定し、その内5〜10床は「療養型病床」も視野にあると説明されました。(「療養型病床」は、病状が安定している慢性期の患者の長期療養を目的として医療措置やリハビリなどのサービスを提供する施設です)。
 病床50床の内、25床は、埼玉県地域保健医療計画の病院整備計画に応募して認められれば確保できる見通しとされているので、確定とは言えません。
 4階には、サービス付き高齢者住宅38室を予定しています。

(2)この再整備案の初期投資も含めた経営面でのシミュレーションが示されるのは7月下旬、また県の病院整備計画の結果が出るのは来年1月になるとのことです。

(3)加須新病院は、現在の一般病床300床と感染症病床4床を含む304床を移転する予定です。

(4)6月28日に、済生会栗橋病院による、栗橋地区の地元住民に対する説明会を開かれました。
 病院長の説明によると、参加した住民から『2次救急でなくてもやむを得ないが、安心できる体制を望む』等の意見が出され、病院長からは『初期救急的な医療であれば、現在地の再整備案でも対応が可能である。現在地の建物を活用しながら、できる限り経営的にも継続できるよう、梅田市長と話し合い、相談していく』と答えたということでした。

(5)病院長から、梅田市長に対し、あらためて補助金等の支援の継続も要望されました。

(6)それに対して梅田市長から、『栗橋地区の地元住民の声を大事にするとともに、どのような再整備案が市民にとって最善となるのか、病院長とさらなる協議をお願いした』とのことでした。
 【以上は、全員協議会における健康増進部長の説明をできるだけ忠実にまとめたものです。】
          --------------------------

 済生会栗橋病院の移転問題について、これまでの久喜市の対応には大きな問題があったと言わざるを得ません。

 久喜市は田中前市長の指示で、昨年から毎月、副市長と部長、課長らが病院を訪問し、意見交換してきていて、その最後は3月29日でした。
 第1の問題は、毎月「意見交換」を続けていながら、加須の新病院の構想や栗橋に残すとされる機能について、病院側から何らの説明も情報も得ることができず、結果的に何らの対応も取ることができなかったということです。
 実際、2月28日の「意見交換」の場では、市側から「救急医療を栗橋に残すこと、第三次救急の早期実現をお願い」しているのですが、そのようなことは病院側の検討の中には当初から含まれていないことはとっくにわかっていたことでした。
 それなのに、久喜市としては、移転の全面的撤回はもはや不可能であることがわかっていながら、形式的に「お願い」だけをしてきたということになります。

 第2には、現在の栗橋病院のほとんどの機能を加須へ移転し、栗橋には「回復期の病床など、一部の機能を残す」という方向性は、すでに昨年の内には示されてきていました。
 であれば、久喜市としては、その方向性を全面的に転換させることが可能なのかどうかを、早期に判断すべきでした。
 もはや済生会側の方針転換が不可能あるいは困難と判断すれば、2次救急や3次救急の機能は断念して、最低限でも外来と初期救急の「一部機能」を残すことと、その「一部」をいかに拡充させるかに働きかけの軸を変更するべきではなかったでしょうか。

 第3に、市は今年2月に、「公的病院運営費補助金交付要綱」を一方的に改正しています。
 この補助金交付要綱は2016年に制定されたもので、「市内にある公的病院が行う不採算医療部門の運営に要する経費」を補助する、「(補助事業者は)、済生会栗橋病院とする」、「(補助対象経費は)、救急医療、小児救急医療及び小児医療」としていました。
 しかし、2月の改正で、「不採算医療部門」に対する補助でなく、「第三次救急医療の運営に関する経費」だけを補助すると改め、補助対象経費も「救命救急センターの運営に要する経費」と限定してしまいました。
 このことは、これまで毎年、済生会病院に交付してきた補助金を、久喜市の側から一方的に打ち切ったことを意味します。
 つまり、済生会が加須へ移転するのであれば、たとえ栗橋に「一部機能」を残したとしても、もうこれ以降、補助金は出さないことを決定し、当初予算で4700万円の運営費補助金を計上していたのを、削除してしまったのでした。
 しかしそれでは、栗橋には病院機能は残さなくてもいいと、久喜市から通告したに等しいものです。

 実際、7月の梅田市長と病院長との意見交換の場でも、栗橋に一部機能を残すことを前提として、補助金支援の要請があったのですから、久喜市としては、3次救急にこだわらずに補助金交付を再開するべきです。
 2月に改正した補助金交付要綱を再度改正して、栗橋に外来と初期救急の機能を残すよう、済生会に要請するべきではないでしょうか。
記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 0


新ごみ処理施設の余熱利用施設の見直しの行方

2018/07/15 15:51
 市は、新ごみ処理施設を久喜菖蒲工業団地隣の菖蒲地区に建設する計画です。
 これまでに「ごみ処理基本計画」(2016年)、生ごみ資源化検討(2016年)、「ごみ処理施設整備基本構想」(2017年)、分別に関する市民アンケート(2017年)と進んできて、今年から「ごみ処理施設整備基本計画」「生活環境影響調査(環境アセスメント)に取りかかる予定です。
 新ごみ処理施設の稼働は2023年を予定していますが、久喜市でいちばん古い久喜宮代清掃センター1号炉が1975年の稼働でいつ壊れてもおかしくない炉の状態ですから、もうぎりぎりで一刻の猶予もない計画スケジュールです。

 ところで、「ごみ処理施設整備基本計画」には付帯施設として、「余熱利用施設」の検討が明記されています。
 田中前市長は選挙公約として、選挙公報に「最新鋭のごみ処理施設と、その余熱を利用した健康増進施設(歩くプール・浴場・トレーニング室等)を整備します!」と明記していました。

 それに対して、梅田新市長は選挙のチラシの中で、鷲宮や菖蒲に温水プールがあるのに、新たな施設は必要かと疑問を投げかけ、全国のごみ処理施設に併設の温浴施設は赤字と指摘、「温浴施設の運営には多額の費用がかかります。赤字はまた増税でまかなうのでしょうか」と批判していました。

 この付帯施設についてはこれから策定する「ごみ処理施設整備基本計画」の中で検討することになっていますが、新市長は、ごみ処理施設に併設する余熱利用施設と公園の一体整備を進めるにあたり、魅力ある集客施設をめざすために、市職員のプロジェクトチームを設置したことを明らかにしました。
 来年8月までに検討結果をまとめて、11月にパブリックコメント、2020年2月に「集客施設基本的方針」を決定するとしています。

 新市長の選挙公約は、「温水プールなどの余熱利用施設は必要ないので、作らない」と理解していたのですが、これまでの計画の見直しによって「魅力ある集客施設」をめざすのだとすると、それは、魅力ある余熱利用施設を「作る」ことになるのでしょうか。

 こうした素朴な疑問に対して、市長は、『単なる余熱利用のプールなどを作ればいいということではなくて、作るなら公園と一体で市内外から人を集められるものとしなければならない』『単に赤字・黒字で判断するのではなくて、既設の温水プールなどのアセットマネジメント(統廃合)と合わせて考えていく』と説明しています。
 さらに、プロジェクトチームは、余熱利用施設を「作る」ことを前提として検討するのではなくて、作るか作らないかも含めて検討するのだとしています。

 実は、私は最初にこのプロジェクトチームで検討するのだという説明を受けた時、もしかしたら、余熱利用施設の建設に否定的な公約をしていた新市長に対して、余熱利用施設の計画をを続けたい行政組織が「まきかえし」に出て、新市長を説得にかかっているのではないかと疑ったのですが、まさかそんなことはない・・・かな?

 またこの見直しによって、2021年に着工、23年竣工・稼働の予定で進めているごみ処理施設の建設計画(スケジュール)には影響はないと言っています。
 しかし、ごみ処理施設整備基本計画は2019年に策定完了の予定ですが、それまでに余熱利用の施設を併設するかどうか、どのような施設になるのかの結論が出ないとすれば、計画やその後の設計に影響が出ることになるのではないでしょうか。

 7月10日の全員協議会の説明では、こうした疑問について明確な見解は示されませんでしたが、今後の議会で議論されていくことになります。
記事へ驚いた ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 0


続きを見る

トップへ

月別リンク

言いたいことがある/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる