ケネディが国民と世界市民に呼びかけたもの

 1961年1月30日、ケネディ大統領が就任演説で、「あなたの国があなたのために何ができるかでなく、あなたがあなたの国のために何ができるのかを問うてほしい」と述べた。
 最近また、この日本でそのフレーズを聞かされる機会が時々あるのだが、それはおもに、日本の保守系政治家たちによって多く使われている。
 彼らはケネディの言葉を、単純に、国民が政府や政治に何か求めるのをやめて、国民がみずからの“義務”を果たして、国に奉仕するべきだと国民に呼びかけたという文脈で使っているらしい。

 ある勉強会で講師から、そのフレーズを全体の文脈の中で読めば、そんな単純な意味ではないのだというお話を聞いて、私は初めて、ケネディの演説の全体を通して読んでみた。

 このフレーズは、演説の最後の方に出てくる。

 ケネディは、東西冷戦の中にあって、双方が核戦争の恐怖にとらわれている現実からの脱却を訴える。
 その上で、世界の平和と世界中の虐げられている人々を解放する闘いを開始しようと宣言する。

 その闘争は、人類の共通の敵である圧政、貧困、疾病、そして戦争そのものに対する闘いであり、「皆さん」はその歴史的な努力に参加してくれるだろうかと問いかけ、その闘いに参加しようと訴える。

 それが、「アメリカ国民の皆さん」と呼びかけて、「あなたの国があなた方に何をするかではなく、あなたがあなたの国に何ができるかを問うてほしい」というフレーズに続くのである。

 しかもそれはアメリカ国民だけに対して求めたのではない。
 続いて「世界市民の皆さん」と呼びかけて、「アメリカがあなたのために何をするかを問うのではなく、われわれが人類の自由のために、いっしょに何ができるかを問うてほしい」と述べ、最後に、「あなたがアメリカ国民であれ、世界市民であれ」、いっしょに闘おうと締めくくる。

 この演説はつまり、「人類共通の敵、すなわち圧政、貧困、疾病、そして戦争そのものとの闘い」を、アメリカ国民と世界市民に対して呼びかけて、アメリカ政府が国民に与えてくれる、あるいはアメリカが世界市民に与えてくれるのを待つのでなく、いっしょにそのために闘おうと呼びかけているのである。

 日本の政治家たちが国民に向かって、上から目線の単純なお説教で、国に何かを求めるよりも、まず国民が自分の責任を果たし、国に奉仕せよというのとは、まったく逆の文脈になってくるではないか。

 ただし付け加えておけば、私はケネディを偉大な大統領として英雄視するのには大いに違和感を覚える。
 ケネディは、キューバ危機で核戦争への突入危機の一方の当事者であったし、ベトナム戦争では米軍軍事顧問団を派遣して後の全面介入に道を開いた指導者でもあった。
 だから、先のアメリカ国民と世界市民に呼びかけた、世界中での正義の闘いへの参加の呼びかけは、その延長線上に、場合によっては核戦争の危機も辞さないで、ベトナムにおける“共産主義との闘い”を正義の闘いと位置づけて、アメリカによる世界支配を主導することにつながるものでもあった。